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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)66号 判決

一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。

(一) 原告主張の取消事由第一点について。

まず、本願発明の要旨にいう「直接かつ単一の音響通路」の技術的内容を考究するに、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書第一頁第一九行ないし第二頁第三行には、「拡声器とマイクロホンとの間の帰還は三つの方法により伝播される。すなわち、直接放射による伝播、拡声器及び(又は)マイクロホンを包むケースの内面からの反射による伝播、そしてケースの壁を通して伝わる伝播がある。」と記載されているが、他に音波の伝ぱんについての具体的記載はなく、実施例についても、拡声器からマイクロホンヘの音波の伝ぱん経路に関しては何の説明もなく、特に、第1図及び第2図の実施例については、右経路に大きな影響を与える要素であるハウジング(ケース)の形状構造すらほとんど説明されていないことが認められる。もつとも、ハウジング壁の断面構造は第7図によつて説明されていることが認められるけれども、右構造によつては、ハウジング壁を伝わる経路が除去されるにすぎないことが明らかである。

ところで、一般的に、ハウジング内では多数の反射が生じるものであり、また、拡声器と少くとも一方のマイクロホンとはハウジング外部の空間に通じていなければならないところ、ハウジング外部においては、環境に従つて機器の構造とは無関係に音の反射や回折によつて種々異なる経路が生じうるものであることは当然である。

そうであれば、本願発明の要旨にいう「直接かつ単一の音響通路」とは、主たる伝ぱん経路についていうものであつて、他に二次的伝ぱん経路が存在することを否定するものではないと解するのが相当であり、そして、その「直接」とは、明細書の前掲記載に照らして、ハウジング内面からの反射を含む経路とハウジング壁を通して伝わる経路とを除外する趣旨のものと解するのが相当である。

被告は、本願明細書の前掲記載並びに第2図及び第3図の実施例において二個のマイクロホンが別々の位置に配置されている事実を根拠に、「直接かつ単一の」の記載を、全体として、「拡声器とマイクロホンとの間に何らの介在物も存在しない」という意味に解すべきである旨主張する。しかし、本願明細書の前掲記載は経路の個数について何も示唆するところがない。そして、本願明細書の特許請求の範囲における「各マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされ」との記載によれば、各マイクロホンの振動膜へのそれぞれの伝ぱん経路を、個別に問題にしていることが明らかである。したがつて、被告主張のように「単一の」という要件を捨象するのは相当でない。

次に、第一引用例について検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例第3図の実施例においては、筐体の本体とマイクロホン収容用突出部との間が壁で遮られているのに対して、第6図の実施例においては、そのような壁が存在せず、そして、マイクロホンの直下(マイクロホンの振動膜の側面方向)にスピーカが設けられるとともに、第3図に照らして増幅器等の部品を示すと推認しうる矩形がスピーカの脇の位置に置かれ、スピーカ背部とマイクロホンの間の領域は空白となつていること、第5図の実施例において、スピーカは、マイクロホンの側面方向で、その発する音波がマイクロホンの振動膜の前面と後面とにそれぞれ直接かつ単一の音響通路を通つて到来する位置に配置されていること、第6図の実施例は第5図のそれとほぼ同じ効果をもたせることができるものであること(第一頁右欄第二三ないし第二四行)、マイクロホンは、いわゆる差動型であつて、前面板とフレーム後面とに適当にあけた孔によつて振動板の前面と後面が共に空間に通じており、かつ、振動板の前面と後面の音響的構造を等しくすることによつて、前後面方向に最大感度があり、側面方向に最小感度がある、いわゆる8の字指向特性をもたせたものであること(第一頁右欄第四ないし第一〇行)、が認められ、これらの事実によれば、第一引用例第6図の装置において、スピーカからの音波は、主たる経路として、筐体内部を、スピーカ背部からマイクロホンの振動板の前面と後面とに、それぞれ直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされるものと認めるのが相当である。

そうすると、原告が、第一引用例の装置はマイクロホンの振動膜に対して、その両面から、それぞれ相反する方向からの二つの音響通路を経て伝ぱんされた拡声器からの音波を作用させるものである旨主張するのは、その限りにおいて理由がある。しかしながら、右二つの音響通路は筐体外の迂回通路でありスピーカの背部からマイクロホン設置位置に至る筐体内の空間は全く利用されていない旨の原告の主張は、前示認定に照らして採用できない。原告主張の音響通路が存在すること自体は、第一引用例第6図に示された構造、特にマイクロホン収容用突出部の前面と後面の双方に開孔部を有する点に照らして、肯認することができるけれども、前認定の直接的な筐体内の通路と経路の形態、距離等を比較すれば、原告主張の音響通路は、少くとも、主たるものということはできない。

原告は、また、第一引用例において、発明の目的が音響回り込みに基因する鳴音の防止にあること、主たる伝ぱんがスピーカ背面からマイクロホンに至るケース内の経路による旨の記載も、右経路にあたる部分が空隙に満ちている旨の記載もないこと、第一頁右欄第一三ないし第一八行及び第二三ないし第二四行の記載によれば、第2ないし第5図の実施例と第6図の実施例は鳴音防止作用の具現のための基本原理を同じくすること、両実施例は特許請求の範囲記載の構成要件をすべて具備すると解すべきこと、を挙げて、それゆえ第一引用例第6図において、直接の音響通路が主で迂回的な二系統の通路は従たるものにすぎないということはできない旨主張する。

しかし、原告が列挙する点は、いずれも前記認定と矛盾するものではなく、したがつてこれを妨げるものではないから、原告の右主張は採用できない。

以上によれば、第一引用例の装置における拡声器(スピーカ)からマイクロホンへの音波の伝ぱんについて、審決が単に「マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされる」と認定したのは、その振動膜の前面と後面とを個別に考察するのを怠つた点においては厳密にいえば誤りといえないわけではない。しかしながら、その余の点については、右認定に誤りがあるということはできず、振動膜の前後任意の一面に着目すれば、右認定のとおりとして差支えがない。したがつて、マイクロホンの個数と相殺出力を得る方法とについての相違を別にして、各音波受信面への音響通路の性質と個数とについて比較する限りにおいては、右誤認は結論に影響しないものである。現に、審決は、本願発明と第一引用例の装置の相違点として、前者が二つのマイクロホンを用い、これら各マイクロホンをその振動膜が拡声器の振動膜から等しい距離に位置するように配置して、拡声器からの音波が各マイクロホンの振動膜に実質的に等しい大きさで到達するようにし、各マイクロホンの電気信号出力を逆位相に接続して両マイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えている点を、明確に認定しているのであり、前記誤認がなかつたとしても、本願発明と第一引用例の装置の相違点は、右の点以上のものではない。

そうすると、審決は、結局、本願発明と第一引用例の装置の相違点を看過しなかつたものであるから、審決がこれを看過したというに帰着する原告主張の取消事由第一点は、理由がない。

(二) 同取消事由第二点について。

成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、審決がそこに具体的に記載されていると認定したとおりの二路通信系用電気音響変換装置が記載されていると認めることができる(この点については原告も明らかには争わない。)。右装置において、音響伝達室は、拡声器から両マイクロホンまでの音響経路の総合レスポンス特性が相似となり、かつ、右経路の音響伝ぱん時間が同等になるように設計されるものであることが、その構成自体から明らかである。したがつて、右二条件が他の方法によつて満たされれば、音の廻り込みに基因する鳴音(ハウリング)の防止に関する限り、音響伝達室が不要になることはみやすい道理である。

ところで、同号証によれば、第二引用例には、更に、「本考案に一見類似した例のマイクロホン二個をスピーカの両側でスピーカから等間隔の位置におき、スピーカからの廻り込み音による両マイクロホンの出力を互に打消すように接続した形式とも異なる。この場合……通話者は一方のマイクロホンに近づき、他のマイクロホンから遠ざかるか他のマイクロホンに発声音が侵入することを防ぐ必要がある。このように通話姿態に拘束を与えている点を本考案では巧みに解消して実用性を高めている」という記載(第二頁左欄第六ないし第一七行)のあることが認められる。右記載は、二個のマイクロホンを拡声器から等距離に配置した場合に、前記のような音響伝達室がなくても、両マイクロホンの出力を互に打消すように接続することによつて、実用上の優劣を別にすれば、廻り込みに基因する鳴音が防止できる旨を教示していることが明らかである。

そうであれば、二個のマイクロホンを拡声器の振動膜から等しい距離に配置し、拡声器からの音波に応答して得られた各マイクロホンからの電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにマイクロホン出力回路を構成することによつて、二路通信系用電気音響変換装置における廻り込み現象に基因する鳴音が防止できることは、当業者であれば前記両記載から容易に理解することができたというべきである。

したがつて、審決が第二引用例に開示されている技術思想として認定した事項に誤りはない。

原告は、第二引用例の前掲記載において、「本考案に一見類似した例の……形式」は音響伝達室を用いたものと異なるものであると述べられているのであり、また、第二引用例の装置では、拡声器の振動膜の移動軸とマイクロホンの振動膜との間における「実質的に平行」という条件について何の考慮もされていないのであるから、第二引用例に開示された技術思想を審決のように断定することはできない旨主張するが、主題とする考案とは異なるからといつて、現に記載されている事項についての考察検討が妨げられるものではなく、特に、第二引用例の場合、問題の「方式」は、主題である考案との対比において説明されているのであるから、これについて考察検討するのは、主題とする考案の理解のためにもむしろ不可欠というべきであり、また、拡声器の振動膜の移動軸とマイクロホンの振動膜の方向は、審決が第二引用例についてした認定と何の関係もないものであるから、右主張は採用できない。

原告は、また、参考例の技術と第二引用例の技術とは互に何の脈絡もないから、審決が参考例を根拠に第二引用例に開示された技術思想を認定したのは不当である旨主張するが、前記のように、審決が第二引用例に開示されているとする技術思想は、参考例とは無関係に認定しうるものであり、審決の文言自体も、参考例を不可欠の資料とする趣旨でないことは明らかであるから、右主張も理由がない。

原告は、更に、第一引用例の装置と第二引用例の装置はそれぞれの立脚する基本原理を全く異にするものであるから、審決認定の相違点は第一引用例の技術に第二引用例のそれを単に適用することにより容易に想到できるものではない旨主張する。

しかし、前記甲第三号証により、第一引用例第1図についての説明を考慮しつつ両引用例の記載を検討すれば、鳴音防止の原理的手段は音響経路と電気回路とからなるループをどこかで断つ点にあり、音響的打消しも電気的打消しも右原理的手段の具体化の一態様にすぎないことが、当業者には充分理解されていたと推認することができる。したがつて、原告の右主張は採用できない。

右のとおりであるから、原告が主張する取消事由第二点も理由がない。

したがつて、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点を見いだすことはできない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、一九六八年(昭和四三年)一二月三一日、一九六九年(昭和四四年)一月一五日及び同年二月四日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四四年一二月三〇日、特許庁に対し、名称を「加入者ステーシヨン」(その後昭和四九年二月八日付手続補正書により「二路通信系用電気音響変換装置」と訂正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四五年特許願第二〇九七号)をしたところ、昭和五二年一月二七日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年六月一四日審判請求をし、特許庁は、これを同年審判第七二二二号事件として審理のうえ、昭和五五年一〇月二八日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は同年一一月一二日、原告に送達された。なお出訴期間として三か月が附加された。

二 本願発明の要旨

ハウジングと、振動膜と電気的人力端子とを有する一つの拡声器と、おのおの振動膜と電気的出力端子とを有する二つのマイクロホンと、前記拡声器の振動膜がその入力端子に加わる電気信号に応答して駆動されるとき、その振動膜から発せられる音波が前記拡声器の振動膜の移動軸に実質的に平行な方向に延在する平面内に配置された前記各マイクロホンの振動膜に直接かつ単一の音響通路を経て伝ぱんされ、かつ前記各マイクロホンの振動膜が前記拡声器の振動膜から等しい距離に位置されるように、前記一つの拡声器と前記二つのマイクロホンを前記ハウジング内に近接して設置する装置とからなり、前記拡声器から発せられた音波が前記各マイクロホンの振動膜に直接にかつ実質的に等しい大きさで到達するようにし、しかも前記拡声器の振動膜から前記各マイクロホンの振動膜に伝ぱんされた音波に応答して得られた電気信号を逆位相に接続してそれらマイクロホンの共通出力が実質的に零になるようにしたマイクロホン出力回路を備えたことを特徴とした二路通信系用電気音響変換装置。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

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